ふと気がつくと、僕は真っ暗な世界の中ひとりで立たずんていた。 ■□ ぼくのせかい ■□ 自分の姿は見えるのに、周りは暗黒に包まれていて、今自分が立っているのか浮いているのか分らない、言わば現実感の全くない空間。 まるで世界から白い髪の少年だけを切りとったような、この空間に少年ーアレン・ウォーカーは覚えがあった。 『 夢・・・・・・ 』 ほつりと呟けば、少し変に響いた音が辺りに重く響き、アレンの考えが間違っていないことを告げる。 真っ暗なアレンだけの世界。それはいつもの『夢』だった。 しかしそれに気づいた所でアレンが『夢』から覚醒できるわけではない。 この『夢』に来てしまった以上、アレンにはこの夢を見続ける義務があった。 『 』 この『夢』必ず現れる人の名前を声には出さずに唇だけ動かした。 その瞬間。この『夢』の先を思い出し、自然と腕が全身がカタカタと震えだす。 少しでも落ち着こうと左腕をつかみ力を込めるが、震えは収まることなく増すばかり。 『 違う・・・違う・・・。怖いんじゃない・・・。』 まるで自分に言い聞かせるように呟く。 この『夢』は自分自身が作り出した、奥底の戒め。表に出さなくても、意識下でアレンを束縛する、あの日。 『 』 音ではない音が辺りに響いた瞬間、アレンの背筋をおぞましいものが通り抜けるような感覚が這った。 それが夢の終焉への誘いの合図。 無意識の内に左腕をつかむ腕に爪が食い込んだ。 『 ーっ! 』 徐々に強まってゆくおぞましい感覚に、思わず意識をつめた瞬間。 暗黒に包まれていた視界が音も立てずにはじけた。 『――――っ!』 開けた視界がどんなモノかわかっていても、開けた視界に凍りつき、息をすることさえ忘れた。 眼前に広がるのは一面真っ白な銀世界。 その中心には真っ黒な墓標と声も出さずに、静かに泣く色のある髪の少年の姿。 墓標に書かれた名前はアレンが世界で一番愛していた人間の名。 『 あ、ぁぁ・・・・・・ 』 アレンの口からか細い声が漏れる。 夢の終焉が始まってしまえば、もう止められない。 無だった空間に時間が発生し、『夢』の中で世界が鮮明に動き出す。 記憶が、よみがえる。 ≪ マナ ・ウォーカーを甦らせてあげましょうカ ≫ 墓標の後ろからでっぷりとした巨体が発生し、まるで笑っているような大きな口から少年に向けて言葉を落とした。 その言葉に少し反応し見上げる少年。 『 っ!! 』 ぎりり、と口を噛めば鉄の味が口内に広がった。 なぜあの時、など思ってはならない。 コレは自分が犯した罪なのだから。 でも。 << 呪うぞ!!呪うぞ!!アレン!! >> AKUMAと化したマナの声に心が、痛い。 進んでゆく記憶に、喉の奥が熱くなる。 本当はこの『夢 -記憶- 』に叫びたい、『やめろ』と。 この『夢』を見る度に、理解していても、己の罪の重さが圧し掛かる。心が、軋む。 でも、心が壊れることは許されない。 この罪を背負い死ぬまで歩き続けると、この記憶に、マナに誓ったのだから。 << 逃げて!父さん!! >> 悲痛な声に、さらに心が軋む。 喉の奥の熱さは呼吸に異常をもたらし、少し過呼吸気味になってゆく。 << 愛しているぞ、アレン >> 懐かしい優しくて暖かい声に、目じりさえも熱くなる。 << 壊してくれ >> 『 !!! 』 少年の左目が呪われた瞬間、少年と同じ左目が覚醒すると同時に激痛が走り、声にならない悲鳴をあげた。 左目を押さえるが気休めにもならず、あがきも虚しく痛みは左の顔面全体に広がってゆく。 その痛みの根源が自分の『ペンタクル-傷-』だという事に気づいた時、どろりとしたものが顔面を伝った。 まるで代わりに泣くように傷から血が滲み、次々と頬を伝う。 『 っぅ・・・ぅ、ゎぁぁっ・・・ 』 その痛みに押されるように、灰銀色の瞳から血に濡れた滴が零れ落ちた。 一度糸が切れてしまえば止められる筈もなく、色の違う滴がとめどなく流れ、真白な足もとに赤い点と染みを作ってゆく。 徐々に震えだす膝に体重が支えられなくなり、膝から崩れ落ちるように白銀の中に倒れこんだ。 白銀の冷たさは感じない。 感じるのは傷の痛みと、軋む心。 視線の先には、壊れた機械の残骸と色の抜けた少年が力なく白銀の世界に埋もれていた。 辛いのに、その視線を動かす気力も、体を動かす気力もなく、痛みにうなった。 いつの間にか降り出した雪が段々と量をまし、視界を、世界を覆ってゆく。 思考さえも、真白に染まりそうになった、その時。 《《 ―― 》》 痛いほどの静穏に侵されていた聴覚が、不意に音を拾った。 真っ白に覆われてゆく世界の中、聴こえた音に意識が向く。 《《 ー!! 》》 その音が声だと気付くのにそう時間は掛からなかった。 何かを必死に叫んで呼んでいるような、そんな声。 《《 ……シ…!! ……!!! 》》 この声はー…。 『 カ、ン……ダ 』 脳裏に浮かんだ自分とは対照の色。 言葉に出せば、聴こえる声が大きくなってゆくような錯覚に陥った。 『 神田ぁ…… 』 思わず微かに聞こえる声の方向に、すがるように異形の左腕を伸ばした。その瞬間。 握られるはずのない手の平に、暖かな体温を感じ、驚く。 あの暖かな温もりのように思えて思わず握り返した時、上半身が何らかの引力を受け、まるで体が浮くような、そんな感覚が体を襲い思わず目をつむった。 「アレン!!」 耳元ではっきりと聞こえた声に更に驚き、重たい瞼を上げれば、視界に止まる愛しい漆黒。 急激な覚醒に思考がついて行かず、全身が包まれているような温かさを肌で感じ、ようやく自分が抱きしめられている事に気づいた。 少し身じろぎすると背中にまわされている腕に力がこもり、相手からふわりと石鹸の香りが香った。 そこまできようやく今の状態を頭が理解する。 ああそうだ。僕は、道化師の男の人を庇ってAKUMAに。 思い出した瞬間、忘れていた痛みが戻ってきた。 腹部と背中が焼けるように痛い。 思わずうめけば背中に回る腕が退き、代わりに肩をつかまれる。 次いで肩にうずまっていた顔が勢いよくと上がると、懐かしい蒼と目を合い、思わず息をのんだ。 顔はいつも以上に眉間にしわがよっているだけなのだが、いつもと違うのは彼の瞳だった。 蒼の瞳が少し揺れていた。 「っ!この、馬鹿野郎が!!!」 漆黒の髪を持つ青年はそう怒鳴ると、うつむいた。 揺れた瞳を隠すように。 「かん、だ・・・・・・・・・」 目の前の存在を確かめるように呟くと、肩にある大きな手に力がこもる。 「かんだ・・・神田っ!・・・ごめんなさいっ!神田ぁ・・・・・・」 漆黒の青年ー神田の名を呼ぶと、自分がまだこの世に生きている事を実感し、そして自分のこの世界がまだ崩れていないことに、目尻が熱くなる。 神田の存在を確かめるように、少し震える彼の大きな背中に腕を回し自分の痛みさえ忘れて彼の頭ごと抱きしめた。 すると肩にあった指が離れ、自身の背中に回される。 密着したお互いの体の温かさにぼろりと涙が零れて、胸のあたりにある神田の髪に落ちる。 ああ、僕はまだ、生きているー・・・・・・。 思考にこびり付いた夢の中の冷たさが、神田の温かさに溶けてゆく。 あの漆黒と真白の夢の世界は自分が何らかの形で、何かが起きた時に見る、夢。 まだ死ねないのだと、意識下の思考と、額のペンタクルが見せるだろう。 あれは意識下の自身の生きるべき、背負うべき世界。 でも、今という現実の世界は、何時の間にか目の前の青年で構成されてきていた。 願望だけで構成されてる現実の世界、意識下で今もうごめく本来背負うべき世界。 両方とも、忘れてはならない大切な世界なのだ。 まだ両方とも抱えながら生きてゆける。 そう、今なら。 神田自身もいつこの世界に存在しなくなるかわからない世界に生きているのだ。 いつの日にか現実を捨て意識下の世界に身を投じなければならない日がくるその時まで。 今という幸せな世界を、神田と共に生きる為に。 End...... ■□ コメント ■□ テーマは「背負うべき世界と、現の世界」。 ちょっと神田だ弱そうに見えるのが、なんとなくの心残りです。 08.07.22 冰魔悟 |