その瞬間、思考が真っ赤に、染まった。



■□  ぼくがぼくであるうちに  ■□



体中が軋む感覚に、声が出ないくらいの痛みに、落ちていた思考は覚醒した。

「―――っはっはっ」

短く早い呼吸音が静かな部屋にこだまする。
気休めに布団を握りしめても、痛みをやり過ごす所か、苦痛が増した。
痛みの中心点は、父に呪われた左目。
初めは疼くだけだった痛みはある日を境に、以降回数を重ねるごとに全身に広がっていた。
まるで内側から体が変化してゆくような感覚。細胞が変質してゆくような錯覚。
師匠であるクロスの言葉が脳裏に浮かぶ。

― お前は14番目が復活するための宿主だ ―

痛みが更に増す。その言葉を裏付けるように。
しかしこの呪いはマナから貰ったものだから、そんな筈はないのだけれども。
でも己の中に何かいるという不安から、この痛みはノアになりかけている体に対して、イノセンスが抵抗する事から来る痛みなのではないのか。そう感じてしまうのは仕方かない事。この痛みの意味を教えてくれそうな人物ー師匠のクロスはこの教団には居ない。

「し、しょ……」

脳裏に浮かぶのは、愛しい紅。
あの紅にずっと触れていたいと何度思った事か。それを許された回数は数少ない。
本当は離れてほしくなかった。師匠のクロスはアレンの考えに対して何らかの言葉をくれるから。
否、それだけじゃない。本当にあの人が欲しかった。
あの大きな背中が恋しい。

「ししょ、う……どこに…」

クロスがこんな形で居なくなるなんて、思っても見なかった。いままでこんな風に居なくなった事はなかったから、クロスに何かがあったのだと薄々感じていた。クロスは無事でいつか己のもとに帰ってきてくれるのだと思いこむ事だけが、今アレンがアレンで居るために必要な事だった。
無様な形で乗っ取られたりしたら、クロスに合わせる顔がない。
14番目に成り果てるのが、例え抗えない運命だとしても。乗っ取られるのならば、クロスの目の前がいい。酷なことだとしても、知っていてアレンを拾ったクロスにはそれを見る義務がある。そしてあわよくば、自身の考えとは違う事を14番目が望むというのならば、その場で殺してほしい。みんなに迷惑をかける前に。クロスにだけ自身の短い一生分の迷惑を掛けて。
なり果てた『アレン』ではない14番目が、大切な人を殺してしまう前に。

「ぼくは…まだ、しね、な…い」

歩き続けると決めたから、自殺は許されないから。この緊迫した事態の時にそんな事は出来やしないから。
教団の為じゃない、家族だと言ってくれたあの人たちの為に。
僕のような人が生んでしまったAKUMAの為に。

「だから…ししょ…ぼく…がぼくで、あるうちに」

帰ってきて。
教団にじゃない、ここに。
ぼくは、貴方が―。

ズキリ、とペンタクルが左目が、先ほどよりもさらに強い痛みを生んだ。

「うわぁぁぁぁぁっ」

漏れはしない筈だった、押し殺していた筈の悲鳴。
キュィィィィィィン、と音をたててペンタクルが起動する。悪魔が居る時の起動の仕方ではない。
甲高い機械音が体の中にこだまして、頭が壊れそうだった。

「あぁぁぁぁぁ!!」

次第に増してゆく痛みに耐えきれず、きつく眼を瞑った瞬間。
見覚えのある髑髏が、まぶたの裏で笑った。

『 ア ・ レ ・ ン 』

パン、という音がして。
アレンの思考は真っ赤に染まった。
クロスの紅のような世界に包まれながら、何時ものようにアレンの意識は落ちて行った。


僕の世界は、もう少しで崩れる。


ならばこの体と貴方の知る『僕』が『僕』であるために、抗ってやる。


あなたの前で『僕』が死ぬために。



END......


■□  コメント  □■

新章に入ってからを読み返していて、突発的に出来上がったモノ。
新章に入った時のアレンのセリフを見ると、クロスが居なくなった事はわかるんですが、さすがに生死不明までは知らされていないんじゃないかな、と思います。

『14番目の宿主』、『悪魔の呪いの進化』、『クロスの失踪』、『アレン・ウォーカー』をかけてみました。

ちなみに、私はクロス元帥は生きている、と考えている派の人間です。どんな形であろうとも、生きているであろう、と。


08.08.20 冰魔 悟