世界で一番大切なものは何?

 ある意味究極とも言えるこの質問。

 彼方ならどう答えますか。


■□ 世界で一番大切な □■


「して、ウォーカー。君の世界で一番大切なものは?」
「は?」

 今まで静かに食事をしていたリンクが唐突に出してきた質問に対し、アレンは思わず聞き返してしまった。するとリンクは大きくため息を吐いて、再度質問を口にした。

 "世界で一番大切なものは"

 リンクの問いに、一番初めに浮かんできたのは眩しいほど、明るい橙。
 無意識に薄く開いていた唇を、思わず硬く結んだ。
 でないと名が音となりそうで、怖くて。
 珍しくその動作に気づかなかったリンクは、新しいケーキを切り分けている。
 その様子に少しの安堵を覚え、アレンは手元のフォークを目の前の肉料理に突き刺し、口に運んだ。いつもは美味しい筈のジェリーさんの料理がなぜかそっけな感じる。
 内面を隠すのは得意であるから、この動揺をリンクに知られることはないけれども。
 己の中を占める彼の割合を思い知ったように感じ、思わずため息を吐きたくなった。
 
「それは上に提出するものですよね」
「当たり前でしょう」

 用のない質問などしませんよ、そう言いながらリンクはフォークで綺麗に一口大にすくわれたケーキを口に運んだ。
 流し目で質問の答えを足されたアレンは口の中のものをゆっくりと租借しながら、当り障りの答えを脳裏に浮かべる。

「神、とでも答えたら怒ります?」

 ない、なんて答え認めないでしょう、と笑めば、リンクが顔をしかめた。

「ない、という答えも受け付けますよ」

 思いがけないリンクの答えに、アレンは目を見開いた。そんな曖昧な答えを認めるとは思っていなかったからだ。そうなると逆に考えてしまう。
 それ以外の、あの橙以外の答えはないかと。

 『 おかえり 』

 瞬間、誰かの声が脳裏に響いた。
 一瞬の声音は誰の声か識別は出来ないが、言葉は今まで何回、何十回といわれた暖かい言葉。

 『 おかえりさ、アレン 』

 次いで浮かんできたのはあの橙。彼は暖かな微笑を浮かべ、紡いだ暖かな言葉。
 その言葉に何度安心したことか。何度幸せをかみ締めたことか。
 その彼が、居るのは、帰りを待っていてくれる場所は−。

「ホーム」
「え?」
「僕の大切なモノ、ですよ。ここに帰って来たいから頑張れる気がします」

 ぽかん、としているリンクを視界から締め出すように、瞳を閉じた。
 脳裏に浮かぶのは、橙と過ごしたホームの記憶。
 愛する橙の記憶。
 最後にあの腕-かいな-に抱かれたのはどれくらい前だっただろうか。優しい腕の中を思い出し、思わず目地に涙が浮かんだ。
 その涙を流すことはないが、今は思い出に浸っても許される気がする。
 脳裏の中の橙に微笑めば、名を呼ばれた気がした。
 現金な己の思考に苦笑を仕掛けた時。

「アレン」
   愛する声音が鼓膜を振るわせた。
 次いで感じた暖かな腕-かいな-。
 驚いて目蓋を上げれば、左肩から見慣れた橙がはえてきて。
 愛する彼の微笑が、目の前に現れた。

「お帰りなさい、ラビ!」
「おう!ただいまさ、アレン!」

 すりすりと頬擦りされ、そのくすぐったさに、懐かしさに思わず笑みが零れる。
 リンクから見れば、過剰なスキンシップに見えるであろうこの行為さえ愛しい。
 だから不意に離れて行く彼の唇がゆっくりと動いたのを見たときは、涙が零れそうになった。
 "愛してるさ、アレン。また後で"

 今がどんなに苦しくとも、優しく抱きしめてくれるホームが、愛する彼が居るからこそ、頑張れるのだ。
 後で彼にこの問いかけをしたら、答えをくれるのだろうかと、少し期待しながらも、アレンの心は満たされていった。


 世界で一番大切なものは何?


 僕の世界で一番大切なモノは、彼の居るこのホームです!


END......


09.02.03 冰魔 悟