■ 獲物が恋した瞬間 ■ ギィン! 金属が勢いよくぶつかり合うけたたましい音が響き渡り、地鳴りのような振動が訓練場を震わせた。音は断続的に発生し、訓練場を揺らせた。 音の中心に居るのは真っ白な少年と、少年の倍は理想な巨体の男。2人が持つ武器が交わった瞬間、けたたましい音が発生する。 2人がもつ武器が単なる木刀や竹刀で、打ち合っているだけならばこんな音はしない。持つ武器はイノセンスであった。 男に至っては通常時につけている仮面さえ外していた。その仮面は男の制御の役割をしているもの。それは、男の弟子でさえ恐れる本性むき出しで、少年との打ち合いを楽しんでいる、という事である。 一歩間違えば大けがをしかねない、発動したイノセンス同士の打ち合い。 男の口元は時間を経るにつれ弧を描いて行き、それに比例するように増大するのは殺気。 探索隊、科学班の人間や新人のエクソシストがこの場に居たら耐えられずに失神してしまうであろう程の強い殺気を受けても、倒れない真っ白な少年は必死に男の攻撃を受け止めていた。 「はははははは!!!部下にゃ俺の攻撃を受けれる人間-ヤツ-はいねぇんだよ。頑張れよ、ボウズ!」 叫ぶように放たれたセリフに対し、少年は内心己の不運を呪った。 少年の本来の予定は、同僚のエクソシスト神田との剣の稽古、であった。神田を待っている時にこの巨体の男に見つかり、いきなり攻撃を仕掛けられ逃げる内に訓練場にたどり着いて今に至る。 一撃一撃が非常に重い男の攻撃。 普通のエクソシストとの稽古ならば数時間は持つはずなのに、少年の体力はいつもよりも数倍早いスピードで、着実に限界に近づいていた。 それはこの巨体の男が、元帥という地位に居る人間であるのに原因があった。 一撃の攻撃が桁外れに強いのだ。少年との撃ち合いでさえ、遊びの領域。少年からすれば死を垣間見ると錯覚しそうなほど、恐ろしい相手。 少年の白くもほんのり赤く高調した頬を滑りおちる汗。 時間たつにつれ、息は荒くなる一方。いつかの神田との時の偽りとは違う、本当の疲れ。 ギィン! 何十回目かもしくは百何回目かになる打ちあいが起きた瞬間、踏ん張っていた筈の少年の足が男の力に屈しバランスを崩した。 それはほんの一瞬の事であり本来は、打ち合いには支障のない一瞬であった筈のスキ。 だが相手は元帥と呼ばれる高位の実力者。彼らから見れば、エクソシストから見る一瞬など、大きなスキでしかない。 男の口元が鋭く弧を描く。 少年の背筋がぞわりと逆立った瞬間。 「がっ!!」 突き刺さるような痛みと共に少年は宙を舞い、硬い地面に叩きつけられた。カラン、と音を立てて少年のイノセンスが地面を滑る。 円を描くように滑るイノセンスを勢いよく男は踏みつけると、少年に向けて男のイノセンスを振りかざした。 避ける間さえなく振り下ろされたイノセンスに、少年は思わず目を塞ぐ。 「………?」 だが、数秒たっても刃物が肉を裂く痛みが襲ってくる事はなかった。そのかわりに、ビリ、と何か布を裂くような音が耳いたのを不思議に思い、少年はうっすらと瞼を上げ、視界に入った男を唖然と見上げた。 男は自身の服を引きちぎっていたのだ。 唖然と見上げる少年を気にすることなく男は、服を引きちぎり終わると、少年に近寄ってきた。少年は丸腰である今の状態に危機感を覚えイノセンスの場所まで走ろうと動いた瞬間、男に腕を掴まれて再び硬い地面へと戻る事となった。 そのまま何をされるのかわからない状態に少年は思わず身を固める。掴まれた腕が上に引き上げられると同時に、腕に何かが這う感触と鈍い痛みが走った。 驚いて顔を上げた少年の視界に入ってきた光景は信じがたいものであった。 「ソカロ…元帥……?」 少年の腕に出来た切り傷から流れる鮮血を、男が舐めとっていたのだ。傷口を舐められる鈍い痛みと舌の感触を同時に感じ少年は身をよじるが、男が離すことはなかった。 しばらくして出血が止った頃に、男が更に思いがけない行動をする。 先程引き裂いた帯状の服の切れ端を少年の腕に巻き付け始めたのであった。包帯のように巻き付けられてゆく様子に少年は、呆然と男を見上げた。 緩まないように確りと巻き付け終わると、男はようやく少年を見た。 「…」 しかし何も言わないまま少年の腕を離す。少年は巻きつけられた布と男を交互に見て、反応に困っていた。 それもその筈。先ほどまで死と隣り合わせのような緊張感の中に居たのだ。男の変わりようについて行けないのは仕方がないと言える。 少年が包帯の代わりをしている布の縫い目に、指を這わした時。頭の上に暖かい重みを感じた。 ゆっくりと顔を上げると近距離に男の顔があり、少しだけ驚いた。 「悪かったなぁボウズ。医務室に行けよ」 言葉と共に、少年の真っ白な頭をなでた。男の指の太さと体格に合わないと断言できる程の、優しい手つき。 その指の動きに、暖かさに、少年は泣きたくなった。 それも束の間の事で、男はイノセンスの発動を止めると、踵を返した。 唐突に去って行く男に見送る少年。離れて行く男に、否。ゆっくりと離れて行った大きな指に、少しだけ名残惜しさを感じながら。 バタン。 男が訓練場から立ち去ると、少年は力尽きたように後ろに倒れ込んだ。 先程の男の行動を、指の感触を思い出した瞬間。 もう一度撫でてもらいたい。 あの体温が恋しい。 そう感じてしまい、少年は頬を赤らめた。 あの暖かさが、撫で方がマナに似ていたわけではない。マナはあの男のように巨体ではないのだから。 ならばなぜ、あの男が気になってしまったのか。 「……ああ!もう!いきなり優しくしないでくださいよ!」 垣間見た獣のような男の中の、人間的な部分。 思いがけない優しさに落ちてしまいそうな少年は、それ以上考えないように必死に感情と闘っていた。 「ああ、もう…僕の馬鹿……」 ぐももった声は誰にも聞かれることなく、訓練場に小さく響き消えていった。 少年の苦難はまだまだ続く。 End...... ■ コメント ■ ソカアレ第2段!! アレン君が恋しちゃいました、なお話です(笑) 09.05.20 冰魔 悟 |